第一章:タイムトラベル的・島銭湯
ある春の日、21時。その日最後のミーティングを終えた私は車を走らせ、淡路島へと向かった。夜の高速道路、向かうのは淡路島の中心都市である洲本(すもと)。

夜の明石海峡大橋は粒のような光源を携え、往来する車を導く。まるで滑走路の誘導灯のようにも見える光の筋は、淡路島へと続いていた。
夜の高速道路で車を走らせていると、いつも心地の良い孤独感を覚えるものだ。暗闇の中、ヘッドライトを頼りにひたすら前に進んでいく。周囲に車はいるが、孤独を共有するだけで、互いに干渉することはない。

四国に近づく道中のサービスエリアで「せっかくだから」と、徳島っぽいすだちジュースと、香川っぽい骨付き鳥を買ってみた。よく見なかったから食べるまで気がつかなかったが、私が選んだのは骨付き鶏「味」の練り物だった。完食するまで、知らなくて良かったかもしれない。
以前、友人と旅行した際、彼が「地元のものが食べたい」と言うので、1時間近く郷土料理を食べられそうな食堂を探し回ったことがあった。結局地元のもの「っぽい」刺身定食にありつけて彼は満足そうだった。マグロやら鯛やらを頬張る彼に、ここが海のない長野県だとは言えなかったのだが、それもまた知らなくて良いことだ。

閑話休題。車は高速道路を降り、本日の目的地へと向かう。島銭湯2件目は「東光湯」さん。趣のある店構えだと聞いていたので、期待に胸を膨らませていた。

あった。
静けさに包まれた街で、ぼんやりと光をともす銭湯。この距離でもレトロな香りがプンプンする。

兵庫県・尼崎の下町に住んでいた頃、こんな銭湯はよく見たし時々お世話になっていたものだが、ここ最近はめっきり行かなくなってしまったものだ。
初めて目にしたとは思えないような懐かしさに誘われ、「ゆ」の暖簾に吸い込まれる。

銭湯=富士山のイメージを地でゆく暖簾。平成生まれの私は銭湯どんぴしゃの世代ではないが、それでもなお心にすり込まれる富士の残像。いつか銭湯がなくなってしまったら、そんな文化もなくなってしまうと思うと、寂しいように思う。

木で出来た札を差し込むタイプの下駄箱は、ほとんど壊れてしまっていた。靴を履き忘れて、そのまま札だけ持って帰ってしまう人もいるんだろうか。
第二章:心の富士
銭湯内で写真を撮ることができないので、第二章はイラストで。
イラスト:mai
入浴料490円を支払って浴室に入ると、壁面には男湯・女湯をまたいで大きな富士が。これぞ、日本の銭湯。
レトロさと機能美がバランス良く共存するこの空間では、この場にしか存在しない時間軸で時計の針が進んでいるのではないだろうか、と思った。
鏡の前に座る。シャンプーを泡立て、ふと目の前に映る自分自身に目をやる。

鏡という額縁に収まった自らの姿を見ると、この昭和的な世界観の中に私がいることの違和感を再認識する。なんかおもしろくて、くすっと笑ってしまった。
浴室には浴槽が3つ並ぶ。2つはお湯、1つは水風呂だ。側面にはスチームサウナ室が併設されていて、追加料金なしで入ることができる。
こういう時、入る順番は「浴槽→サウナ→水風呂→浴槽」と決めている。まずは浴槽でしっかり温まろう。
摂氏43度の湖から富士を見上げ、メディアのこれからを憂う。
離島専門メディア「はなれじま広報部」の行く末は、果たして——

離島界隈は狭い。メディアとなるとなおさらだ。それゆえ手を取り合う土壌があるのはとてもありがたいのだが、データ上で見ると競合してしまう領域が多くあるのもまた事実。
検索結果の上下を競うようなシチュエーションになっていることも多々ある。他メディアを引き合いに出されることも少なくない。
そんなとき、たまに、分からなくなる。私たちでなければならない理由とは。なぜ私がこんなに離島へと心血を注ぐのか。本当に、20代の後半を費やすべきことだったのか。
いまだにわからない。
それでも、私は島から離れることはできないのだろう。
島が好きだという純粋な感情を捨てることができないから。
そして、一緒に前へと進む仲間がいてくれるから。
私たちは常に島から学び、島を面白いと思い続けるこの感情を繕わず発信していこうと思った。「はなれじま広報部」は離島メディアというツールでありながら、私自身の人生を形づくる要素なのだ。
もっと言えば、このメディアにいろんな人を巻き込んでいきたいと思う。はなれじまメンバーや読者の方はもちろん、島内外の方や自治体、企業も…。独りよがりな”クリエイティブ”ではなく、みんなが等身大で得意なことに注力できる環境づくりができてこそ、良いメディア企画は成就すると信じているから。

そして、私たちが作る企画が、島の未来に少しでも良い影響をもたらせたら良いな、と心の底から願っている。よく特定の地域にかかわる人を「関係人口」と呼ぶが、離島ともなるとなかなか「人口」になるきっかけがないという声を聞く。
だから、きっかけ作りと起爆剤としての役割に徹することこそが私たちの使命であり、差別化のカギだと思う。どんどん企画を打ち出して、少しでも「自分もしてみたい」と思ってもらえれば本望だ。気力や体力に満ちあふれている今こそ、チャンスだと思っている。
島のビジネスメディアから始まった私たちが、少しずつ「伝える」だけでなく、「参画」の方向に向かっているのかもしれない。
むせそうなほどスチームが立ちこめたサウナまでちゃっかり入って、銭湯を後にする。
昭和に満ちあふれた空間から通りに出ると、タイムトラベルから帰還したような気分になる。

きっと、今後失敗することもたくさんあるだろう。リソースの無駄遣いだと言われるかもしれない。それでも諦めずに耳を傾け続け、確度を上げていく。その先に、「はなれじまらしさ」があると信じている。
執筆:ハテシマサツキ
イラスト:mai






