離島をはじめ、人の手が届きにくい場所でこそ必要とされるものの中に、医療があります。はなれじま広報部が全国の島々を訪れる中でも、医療の重要性と提供が難しい現状のジレンマを多く目にしてきました。
今回インタビューしたのは、薬剤師が旅をしながら地方・離島で働くことを支援するサービス「旅する薬剤師」を運営する西井 香織さん。「旅×薬剤師」という新たな組み合わせから、離島での医療体制充実に向けたヒントを探ります。

▼NEWRON株式会社 代表取締役社長 西井 香織 氏
1992年生まれ。近畿大学薬学部在学中、NEWRON株式会社を起業し、アイデアソンを活用したマーケティング事業や、糖尿病研究の知見を活かした健康食品ブランド『ヘルシーラボ』を展開。その後、地方薬局の人手不足を解消するためのワークシェアサービス『旅する薬剤師』をローンチし、現在に至る。
「旅×薬剤師」という化学反応
——まず、「旅する薬剤師」とはどんなサービスなのでしょうか?
(西井さん:以下、敬称略)
『旅する薬剤師』は、人手が足りていない地方の薬局と、都心の薬剤師をマッチングするサービスです。サービス開始から2ヶ月で100人の登録をいただき、現在は900人超が登録(2025年7月時点)しています。

(西井)薬剤師としての登録者は都市部に多く、基本的には東京・大阪などから地方の薬局へ赴くケースがほとんど。奄美大島や久米島、南大東島など、離島への受け入れ事例もあります。全国各地で暮らすように働けるほか、金銭面での条件が都心よりも良いことが魅力に映っているようです。

「旅する薬剤師」を利用して南大東島(沖縄県)で働く薬剤師
地方を「循環」するという構想
——なぜ、このような取り組みを行っているのでしょうか。
(西井)首都圏から各地へと薬剤師を循環させることで、地域医療の担い手不足を解消するためです。「旅をする」ことをモチベーションに人材の動きを作ることができれば、たとえ流動的であったとしても常に人材を全国に分散させられると考えています。
また、勤務場所の選択肢があることで、薬剤師の方にも働き方の自由度が生まれています。何度も地方を周遊する方もいれば、単発参加で都心に戻る方も。転職の間のつなぎとして利用するケースもあり、ライフスタイルに合わせて柔軟にお使いいただいています。
旅先として「選ばれる」場所とは
——複数の求人があると、観光資源の多い地域に応募が集中してしまいそうです。
(西井)案外そうでもなく、むしろ観光地化されていない「普通の場所」に行きたいというニーズも一定数あります。普段行かない場所での暮らし体験自体が、魅力に直結するということですね。
「旅する薬剤師」を利用して働くとなると、必然的に旅行よりも長期間ひとつの場所に滞在することになります。観光を超えて、暮らしを味わうという観点で見ると、観光地の多さよりも魅力に映るポイントがあるのではないでしょうか。

——そう考えると、離島も十分視野に入りますね。西井さんが思う、離島の魅力はどのような部分にあるのでしょうか。
(西井)
人の温かさに尽きますね。薬局の社長や、仲良くなった患者さんがご飯に連れて行ってくれたり、島のスポーツ大会などのイベントごとや、習い事に誘ってくれたり…。薬剤師にとって初めての場所でも、周囲の方のおかげですぐに島での生活を楽しむことが出来ます。
ある薬剤師は、周辺の方を自宅に呼んで一緒にご飯を食べる文化のある島で過ごしたことで、「すぐ仲良くなり、友達がたくさんできた!」と喜んでいました。仕事の枠を超えた「島の暮らし」は、医療人としての視野も広げると思います。
中には島限定で旅する薬剤師もいますね。
今後の展望と課題
——オンライン診療や移動型の医療体制も整備されつつありますが、特に離島での展望を教えてほしいです。
(西井)離島のように高齢者が多い地域では、まだまだリアルな対面対応が主流であり続けると思います。というのも、オンライン診療が進んでも、そのオンラインを使いこなせない高齢者が多く存在するからです。少なくとも今後10年は、リアルの場で調剤を行うというニーズが続くでしょう。
一方で、私たちのサービスでは薬局がまったくない地域へ薬剤師を向かわせることはありませんが、今後はそれぞれの場所における状況やニーズを鑑みて、新たなサービスの拡充も視野に入れつつ、地域医療の最適解を探っていきたいですね。
——離島を含め、人材不足に悩む地域にとっての希望の光だと思います。今後も活動を応援しています!
カギは「島で働くこと」に付加価値を付けられるかどうか
離島に限らず、そして薬剤師に限らず全国で起きている「人手不足」。今回の取材では、仕事自体の魅力はもちろんのこと、働く地域を唯一無二の要素として求職者に訴求できるかどうかが非常に重要になると感じました。
離島でお仕事をした薬剤師の体験談も掲載されている「旅する薬剤師」の公式サイトはこちら。
はなれじま広報部は、離島で新たなことを始める方を応援するWebメディアです。情報提供やご意見、企画のご依頼など、お問い合わせフォームからお待ちしています。
企画・取材・編集:ハテシマサツキ






