【請島・与路島】「離島の離島」が世界とつながった日から1年。スターリンク導入の影響はいかに。

スターリンク導入から1年。島に起きた変化とは?

はなれじま広報部が訪れたのは、鹿児島県瀬戸内町の請島(うけじま)・与路島(よろじま)。導入から約1年を迎える衛星通信サービス「スターリンク」を軸に、島の回線問題や実際の回線活用法について調査しました。

スターリンクが離島にもたらす可能性

本土と公共交通機関で直接結ばれていない「離島の離島」として知られる請島および与路島。どちらの島も鹿児島県・奄美大島から定期船「せとなみ」を利用してアクセスする必要があります。そんな2島では、2024年5月から衛星通信サービス「スターリンク」を活用した実証が始まりました。

スターリンク(Starlink)は、米国の宇宙開発企業「スペースX」社が打ち上げた多数の小型衛星を地球低軌道に配置し、高速かつ低遅延のインターネット接続を実現する衛星インターネットサービス。

基本的には、受信機器さえあれば「空が見える場所ではどこでも使える」ため、離島や山間部など従来の通信回線が届きにくい地域での活用に注目が集まっています。

ただ、離島地域での活用事例はまだ少ないのが実情。そこで、はなれじま広報部では今回、実際のスターリンク運用について請島・与路島で現地調査することにしました。

携帯回線が繋がるのは、当たり前じゃない?


請島・与路島には光回線が敷設されていません。スターリンク導入前まで、2島の通信環境は携帯電話向けの4G回線や、携帯回線を使用したホームルーターに依存していたものの、いずれも繋がりにくいのが実情でした。

大手携帯キャリアの回線でもアンテナ表示が最大になることはほとんどなく、キャリアによっては、島内の全エリアで圏外に。2025年現在でも携帯回線の接続状況は芳しくありません。

そのような状況下で公的に導入されたスターリンク回線は、島々にどのような影響をもたらしたのでしょうか。

町主導で町内にスターリンクを導入

まず訪れたのは、請島・与路島を管轄する瀬戸内町役場。総務企画課 DX推進室の祐島(すけしま)さんに、スターリンク導入の経緯についてお話をお伺いしました。


▼鹿児島県瀬戸内町 総務企画課 DX推進室 係長 祐島 大作 氏
1984年生まれ、鹿児島県瀬戸内町出身。2013年、瀬戸内町役場に入庁し、危機管理部門や企画部門での職務に従事。その後、2023年からDX推進室(情報政策係)に配属され、町内におけるDXの推進や情報発信業務などに携わる。

—— 請島・与路島にはなぜスターリンクが導入されたのでしょうか。
(祐島さん:以下、敬称略)
両島の通信環境を改善し、行政の相談窓口をオンライン化するためです。従来、町役場へ相談や質問をする際には、海を隔てた奄美大島に赴く必要がありましたが、事前相談ができず、書類をひとつ作成するだけで島々を行き来しなければならないケースも発生してしまっていました。

こうした状況を改善するため、総務省の「自治体フロントヤード改革モデルプロジェクト」の一環としてスターリンクを導入することにしたんです。

オンライン相談窓口で事前相談ができるように

(祐島)スターリンクを導入したことで、島内の公民館からオンライン相談窓口が利用できるようになりました。奄美大島まで移動しなくても気軽に行政への相談ができるようになったことは、大きな変化だと思います。

—— 通信インフラの主流である光ケーブルではなく、スターリンクを導入した理由は何でしょうか。
(祐島)費用対効果です。光回線を整備する場合、町の負担額は10億円以上にのぼる上、維持費にも年間1億円あまりが必要になります。その点スターリンクの場合、導入時の町負担額は約635万円、維持コストも僅少です。利用用途・対象エリアが明確だったこともあり、設置場所を決めてスポット的に導入できました。


—— 行政相談窓口のほかに、どのような活用方法を想定していますか?
(祐島)オンライン診療やICT教育など、島で生活を営む上での利便性を向上させるための使い方を想定しています。瀬戸内町としては積極的にDXを推進しており、インフラとしてインターネットを使った公共サービスを浸透させていくねらいがあります。


(祐島)普段インターネットを使わない住民の方も多くいらっしゃる中、ICT技術の活用には課題も多々ありますが、他の自治体も参考にしながら様々な取り組みを行っている段階です。

請島でのスターリンク活用状況

続いて、スターリンクの活用状況を調査すべく、祐島さんと共に請島へ。回線に接続して利便性を測りながら、具体的な活用法についてリサーチします。

請島ってどんなところ?
鹿児島県瀬戸内町に属する奄美群島の有人離島。池地(いけじ)・請阿室(うけあむろ)の2集落が形成されており、それぞれの集落に港を有する。人口は2020年時点で77人。


奄美大島から海上タクシーで移動すること約40分。当日は厚い雲が島全体を覆い、時折雨が降る天気でしたが、スターリンクはこのような天候でも問題なく動作するよう設計されているそう。


請島に導入されたスターリンク機器のひとつは、池地(いけじ)集落の公民館にあります。空を広く捉えるため、軒下ながら周囲に遮蔽物が少ない場所に設置されていました。

実際に接続してみる。

早速、実際にノートパソコンをスターリンク回線に接続し、問題なく動作するかを検証してみます。

まず回線速度を簡易的に測定すると、下り(ダウンロード)で84Mbps、上り(アップロード)で19Mbpsと、Zoomを支障なく利用する基準とされる1Mbps程度をそれぞれクリアしています。


続いて、Zoomを使用して大阪拠点とオンライン会議をしてみます。映像や音声の遅延などが時々発生するものの、会話に支障はないレベルです。集落ごとに土俵があるという「奄美群島あるある」について話しています。


ちなみに、スターリンク(屋外モード)の通信範囲は施設内で問題なく使える程度。通常のWi-Fiと同等のレベルです。機器から15mほど離れた場所まではなんとか回線が届いていましたが、実用的な利用範囲は10m以内だとみられます。

三味線教室にも!?請島でのスターリンク活用事例

池地地区の区長である益岡さんを交え、実際どのようにスターリンクを活用しているか、また今後の展望をどう見ているかについてお聞きしました。


—— 請島では、スターリンクをどのように活用していますか?
(益岡さん:以下、敬称略)
回線を使いたいという方には無料で開放しているのですが、リモートワークをされている方が多い印象です。インターネットを使って、遠方の講師から三味線を習うという使い方をされている方もいらっしゃいました。

公民館にはポータブル電源も設置されているため、スターリンクと組み合わせて使うことで、停電や災害時にも、島外とコミュニケーションをとることができるようになっています。


—— 活用が進んでいますね。インターネット回線をより普及させていく上での課題感はありますか?
(益岡)先ほど挙げた例はありますが、まだインターネットの活用自体は限定的なのが実情です。特に、高齢の方はこうした新しいものに触れることに対して積極的ではないように感じます。公民館を起点に、さらなる利活用の可能性を探りたいですね。


—— 具体的に、回線を活用して池地地区で取り組んでいきたいことはありますか?
(益岡)個人ではスターリンクを使用しないような高齢の方にも、回線の恩恵を感じてもらえるような機会を作りたいですね。たとえば、公民館でカラオケ大会をしたり、映画鑑賞をしたり…。

あとは、回線に不安があって請島を訪れるのを敬遠していた観光客やIターン希望者の方に対して、「快適なインターネット環境がある」とアピールしたいと思っています。

—— 貴重なお話、ありがとうございました!

教育現場でも重宝

公民館を後にした私たちは教育現場での活用法を探るべく、近隣の中学校へ。生徒1名が所属する池地中学校にはスターリンク回線が導入されており、教育用途で活用されています。教頭の岡村さんにお話をお伺いしました。


—— 教育現場でのスターリンク活用法を教えてください。
(岡村さん:以下、敬称略)
デジタル教科書を閲覧したり、他校とオンライン接続して合同授業や講習を受けたりすることが多いです。今日のような天気が悪い日でも問題なく使えて、とても重宝しています。

—— 生徒の反応はどうですか?
(岡村)これまで、一人で授業を受けることがほとんどだったので、オンラインで他の学校とつながった時には気恥ずかしさもあったみたいです(笑)。ただ、しばらく集団学習を続けるうちに打ち解けてきています。

—— スターリンク導入を受けて、課題感はありますか?
(岡村)回線そのものに対する課題ではないのですが、教育の幅が広がったことで運用方法に迷うことはあります。たとえば、時間割が異なる学校とのオンラインでの連携方法については、まだ手探りな部分は大きいですね。


(岡村)池地中学校だけでなく、周辺では数学・国語などの専門科目を担当する先生が在籍していない学校も多いので、時間割をうまく合わせて合同授業する必要があると思っています。

—— 今後、運用次第でより快適な学習環境を作ることができそうですね。ありがとうございました。

運用面での課題も

続いて向かったのは、同じく瀬戸内町の与路島(よろじま)。請島と同様に、公民館と小学校にスターリンクが導入されています。ここでは、よりプライベートな使い方について調査してみました。


与路島ってどんなところ?
サンゴの石垣が残る鹿児島県瀬戸内町の有人離島。人口は2020年時点で70人。離島留学制度「海の子留学」を活用して、4人の小学生が島内の里親宅にホームステイしている(2025年現在)。

「普段使いするものではない」


集落内を歩いていると、公民館の前でお酒を片手に談笑する一団に遭遇。せっかくなので、与路島でのスターリンク活用法について聞いてみました。

「公民館のスターリンクは全然使ってない」
「島民が普段使いするものではない」

まっさきに飛び出したのは、そんな言葉でした。いわく、回線が届く範囲が狭いことから、活用法が見つからないとのこと。設置場所によって回線速度も大きく変化するため、通信品質が安定しないという問題も起きているそうです。


「本島(奄美大島)に行く時にまとめてドラマをダウンロードするけど、契約している回線の通信容量が足りないから、いつも2話分だけ」とこぼす声も。

スターリンク導入後も、実生活への影響はあまり大きくなく、繋がりにくい携帯回線をなんとか使うという状況が続いているように見受けられました。

島内でのインターネット普及は個人導入がカギに


通信範囲を考えると、個人利用で回線の恩恵を受けるには、各自での機器導入が必須だといえます。実際、請島・与路島の2島では、個人導入されたスターリンク機器も散見されました。島外から赴任等で移住してきた方が、スターリンクを導入するケースが多いそう。

島内全域でインターネットの活用を進める場合、今後考えられる展開としては、既に導入されている公共施設の回線を活用してインターネットそのものの有用性を広めることで、個人導入の心理的ハードルを下げることではないでしょうか。

最終的には、島内で「都市と変わらずインターネットを使える」という環境が整備できれば、離島の暮らしにおける利便性向上につながると考えられます。

スターリンクは「つながらない」島に差す光明になり得る

スターリンク導入から約1年。快適に回線を使うことができるという可能性が見いだせたことは、今後離島に住み続けたり、離島へ移住したりする上でのハードルを下げるポジティブな要素になると感じました。

一方で、運用面での課題も見つかっています。特にスターリンクのように物理的な影響範囲が限定されて機器を導入する際には、インターネットを使って「何をするか」までつなげることが必要不可欠です。

日本には、依然回線がつながらないエリアを抱える離島が数多くあります。そうした島々にとって、請島・与路島のケースは間違いなく注視すべき事例であり、希望の光になるでしょう。私たちも今後の動向を見守ってまいります。

はなれじま広報部は、離島で新たなことを始める方を応援するWebメディアです。情報提供やご意見、企画のご依頼などは、お問い合わせフォームからお待ちしています。

企画・取材・編集:ハテシマサツキ

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