はなれじま広報部では、離島における広報やECサイト運用の事例を元に、離島のこれからを紐解くコンテンツを更新中。
今回は、山口県屋代島(以下「周防大島」で表記)で養蜂および関連商品の販売業を営む、笠原隆史さんにインタビューを行いました。ECサイトの活用を始めるきっかけや、島の未来に対する想いについて詳しくお話いただいています。
▼株式会社はちとひとと 代表取締役 笠原 隆史氏
山口県美和町(現・岩国市美和町)出身、養蜂を営む家庭で育つ。高校卒業後は日本経済大学に通うかたわら、専門学校で調理師としてのスキルを学ぶ。2008年には福岡市のレストランへコックとして入社。そこで後に妻となる亜裕美さんと出会い、さらに国産ハチミツの貴重さを知る。そののち養蜂家として周防大島へ移住し起業。以来、ミツバチの飼育および店舗・ECサイトでのハチミツ商品の販売を行っている。
養蜂生活のはじまり
——簡単な経歴と現在のお仕事について教えてください。
私は山口県の養蜂を営む家で生まれ育ち、大学卒業後は福岡県でレストランでコックとして働いていました。そこで知ったのは、国産ハチミツの希少性でした。実家で行われていた養蜂は貴重なものだったのだと。
そこから私自身も養蜂家になることを志すようになりました。今では「KASAHARA HONEY」を運営しながら、周防大島の自然を守るための方法を模索しています。
——実家が養蜂家ということで、幼少期の記憶はありますか?
当時両親は、季節の花々を求めて、蜂とともに各地を移動しながら養蜂する「移動養蜂」を行っていたため、私も一緒にいろんなところに連れて行ってもらっていたのを覚えてます。当時の私は単純に旅行感覚でしたが…(笑)
——現在も移動養蜂をされているのでしょうか。
いえ、私たちは蜂を移動させることなく、その周辺に咲く花から蜜を集める「定置養蜂」を行っています。従来の移動養蜂では蜂を巣箱ごと移動することから、暑さや振動によって蜂にストレスが少なからずかかってしまうんです
また、養蜂のために全国を渡り歩くと、私たち自身が周防大島で生活する期間も短くなります。それでは移住の良さを活かしきれず、地域への貢献もしづらくなってしまうと思いました。こうした理由から、私たちは周防大島で定置養蜂を行うことにしました。
——移住先として周防大島を選ばれた理由はあったのでしょうか。
私が山口県出身でしたので、地元山口で養蜂をしたいという思いがありました。中でも周防大島は養蜂にのための条件が揃っており、養蜂を始めるのに最適だと感じたのです。
周防大島は、山口県内におけるみかん生産量の8割を担うみかんの生産地です。みかんの花からは「みかんはちみつ」を作ることができるため、「ここだ」と思いました。また、島内にクマがいないことも大きかったです。クマはハチミツ目当てで巣箱を荒らしてしまうことがあるため、山間部に位置する私の地元での養蜂は断念しました。
そしてなにより、海・山が揃った観光需要のある離島だということが決め手になっています。自然のサイクルが島内で営まれ、観光客の方も多く訪れることから、作ったハチミツ商品の販路も確保できると考えました。
——条件が整っていますね。周防大島での起業後、はじめに取り組んだことは何ですか?
はじめに、「道の駅サザンセトとうわ」で行われているチャレンジショップというプロジェクトに参加しました。このプロジェクトでは最大6年間、道の駅内のブースに出店することができることから、お店を持つ前に力試しをする場として最適だと思ったんです。私たちは道の駅内にお店を出しつつ、起業の準備をしたり実家で養蜂について学んだりしながら6年間を過ごしました。
道の駅内「チャレンジショップ」での店舗運営からスタート
——挑戦する機会があるのはかなりの追い風になりますね。その後はどのように過ごされましたか。
チャレンジショップの契約満期となる一年前、現在の場所に店舗をオープンしました。そこから1年間は両方のお店を運営しながら、道の駅で新店舗の存在をお伝えすることに注力していました。当時来ていただいていた方を大切にして、今後も長くご来店いただけるようにしたかったので、特に移転先を伝えることは非常に重要だと考えていました。
そして、チャレンジショップ終了後1年半ほどで「ショップ&カフェ KASAHARA HONEY」は法人化しました。
大島大橋で起きた事故。インフラ壊滅がEC展開の転機に。
——起業は準備が非常に大変だったと思いますが、法人化後に一番困ったことは何ですか。
間違いなく、大島大橋の衝突事故ですね。2018年、山口県本土と島をつなぐ大島大橋に貨物船が衝突し、水道管や光ファイバーケーブルが切断されてしまったんです。そこから約1ヶ月の断水に加え、風が強い時は橋を渡ることができないなど、島民や来島者にとって不便な日々が続きました。お店にお客様が来ない日も珍しくなかったです。
——その間、経営面でも苦戦を強いられたのではないでしょうか。
そうですね。1ヶ月の売上がほぼゼロになってしまったので、非常に苦しかったです。もちろんその間も、一緒に働くスタッフさんの給料をはじめとして店舗運営にかかる諸経費を支払わなければなりません。この現状を変えなければならないと、卸売りやECサイトでの商品販売を始めることにしました。
——店舗での小売販売中心のやり方からシフトした、と。
これまで私たちが小売にこだわっていたのは、私たちの商品を直接お客様に提供したいと考えていたからです。しかし、こうした苦難は「小売以外の方法でもお客様との関係性を築くことができるのではないか」と考えるきっかけをもたらしました。
——ピンチが転機になったんですね。ECサイトの売上比率は現在どのくらいでしょうか。
現在、ECサイトの売上は全体の4割程を占めていて、直近でも伸び続けています。そして、ECサイトをオープンしてみて気がついたのは、島外の方からの需要が高いことでした。SNS経由で周防大島や私たちのことを知り、購入していただいている方も少なくないようです。今後も島外に向けた発信は継続しようと思います。
——店頭やECサイトにはたくさんの商品が並びますが、自社でも商品開発を行っているのでしょうか。
ほとんどが自社開発の商品です。調理師をしていた経験や知識を活かし、はちみつのおいしさを引き出せるような商品づくりを心がけています。お客様の中には年配の方も多いので、最近は健康を意識した商品開発に注力しています。
——販売面での工夫はありますか。
店舗と組み合わせて、ハチミツの使い方を知ってもらう機会を設けるようにしています。というのも、ハチミツのおいしさを100パーセント引き出す方法は広く知られておらず、実際使い方に関するご質問はかなり多いんです。そこで、商品の一部にレシピを同梱したり、カフェでハチミツを使用した商品を提供したりして、ハチミツのおいしい食べ方の周知をしてきました。
本当の意味で持続可能な離島社会を実現するために
——サイト内で拝見したのですが、「Bee With You」というキャッチコピー、とても素敵ですね。
ありがとうございます。これは「常にお客様のそばに」という意味を、蜂(Bee)とかけて表現しました。チャレンジショップ時代から、お客様に支えられてここまでくることができたことは間違いありません。そして、私たちが行っている養蜂は、蜂がいなければ成り立たないのもまた事実です。蜂がいてはじめて、私たちはお客様に出会うことができるので、そうした意味も込めています。
——これからやりたいことはありますか?
今後は、周防大島の豊かな自然を守る活動に力を入れていきたいですね。今、私たちがベストな環境で養蜂を行えているのも、この島を守ってきてくれた方がいるからですし、それを私たちは継承していきたいと強く思っています。そしてこれから先、かつての私と同じように、この島で事業をしたいと考える方や移住を考える方が、どんどんチャレンジできるような環境をつくりたいです。
——島への想いを強く感じました。これからのために、今していることを教えてください。
まずは自然を大切にしてくれる人を増やしたいと考え、お子さんに体験を提供することに力を入れています。実際、幼い頃に自然と接することで、自然を大切にする大人になるという実験結果も出ているそうなので、自然に触れる機会を少しでも増やせればと、自然体験の提供を始めています。具体的には、ハチミツ採取体験・養蜂家のお仕事体験・はちみつピクニックなど。養蜂を中心にした体験メニューを増やしています。
——広いフィールドを有効活用したプログラムですね。
そうですね。店舗から道路までの広い敷地は自由に使って良いと言われているので、島のために有効活用したいと考えています。ヒマワリを咲かせたり、野菜を育てたりと活用方法はアイデア次第で無限に広げられると思います。養蜂や周防大島の未来を見据え、いま私たちができることには全力で取り組みたいですね。
——「持続可能な社会」という言葉は、言うは易く行うは難しの典型例ですが、まさにそうしたビジョンを描いて実際に行動を起こされているのは尊敬するばかりです。これからも応援しています。