寒風吹きすさぶ冬は、ほとんどの離島において訪れる人がまばらになるオフシーズンに入ります。今回、はなれじま広報部が向かったのは、雪が降りしきる北海道・利尻島。ここでは、冬期に多くの観光施設が閉鎖されることも相まって、観光客数が夏季と比較して大幅に減少します。
その一方で、近年では冬の観光資源が注目を集め、オフシーズンがオンシーズンになりつつあるという側面も。この記事では、町役場、冬期営業している店舗、博物館で行った計3件のインタビューを元に、観光島におけるオフシーズン活用の可能性を探ります。
ちなみに、私たちが観光客目線で抱いた率直な感想は、特集記事にて公開中です。
なぜ離島の冬はオフシーズンなのか
島外の観光地にも共通する部分はありますが、そもそも離島において冬がオフシーズンとされる理由は、気候条件とそれに伴う交通手段の制限、そして観光施設の休業によって観光客が少なくなってしまうからです。
九州・沖縄の離島では特に顕著ですが、マリンアクティビティが盛んな離島では、海に入ることができない冬期には観光客が少なくなります。観光客向けのホテルや飲食店、土産物店などでも、この時期は客足が遠のくため、冬季休業を選択するケースが相次ぎます。
また、地域によっては強い季節風や高波、来島者が減少するという理由で、フェリーや飛行機などの交通機関が欠航・減便となることも。こうした状況から、冬の離島は結果としてオフシーズンとなることが多いのです。
今回ご紹介する利尻島も、観光資源が少なくなることや、フェリーや飛行機の欠航率が高くなることが原因で、冬が実質的にオフシーズンとなっています。
利尻島の概要はこちら。
利尻の厳しい冬と新たな観光資源
2025年1月15日から3日間にわたって実施した利尻島での取材。まずはマクロな視点で利尻島における冬の観光を捉えるべく、利尻富士町役場にて 岩垣 みなみさん(利尻富士町 産業振興課)と岩垣 謙太さん(同町 企画政策課)にお話をお聞きしました。
▼利尻富士町 産業振興課 商工観光係 主事 岩垣 みなみ氏(写真左)
東京都出身。大学時代、ゼミのプロジェクトで利尻島を訪れたことをきっかけに、移住を決意。利尻富士町役場の産業振興課に着任してからは、観光客数の調査やイベントの実施、島外での広報活動、各種問い合わせへの対応など、観光領域に広く取り組む。
▼利尻富士町 企画政策課 主事 岩垣 謙太氏(写真右)
北海道・利尻島出身。幼少期から利尻島で過ごし、利尻富士町役場に着任。「利尻島一周ふれあいサイクリング」をはじめとする島内イベント主催や、東京・池袋で年1回開催される離島イベント「アイランダー」への参加など、さまざまな企画の立案・実行に従事する。
冬期の観光客数は夏期と比較して約8分の1
早速ですが、お二人に厳冬期の利尻島における観光の現況をお伺いしていきます。
ーそもそも、冬の利尻島は観光対象になるのでしょうか。
(岩垣 みなみさん:以下、敬称略)
2023年度のデータだと、観光客の入り込み数は上期(4月〜9月)で約9万7,500人、下期(10月〜翌3月)で約1万2,500人となりました。冬期が大部分を占める下期では、上期と比較すると単純計算でおよそ8分の1ほどの観光需要にとどまることが分かります。
夏場は登山や高山植物、サイクリングを目当てにかなり多くの方が来島してくださるのですが、冬はそういった観光資源がなくなってしまうのが大きく響いているとみられます。
(岩垣 謙太さん:以下、敬称略)
宿泊施設も、特にホテルの多くは冬の間休業していますね。雪が積もってしまって観光ができる状態ではないため、観光施設もほとんど閉鎖しています。「雪囲い」といって、ビニールシートをかけて、看板を撤去してしまう施設も少なくありません。こうした状況なので、やはり冬はオフシーズンと言わざるを得ません。天候が荒れやすく、船や飛行機の欠航率が高いのもネックです。
静かに加熱するバックカントリーブーム
ーそのような中でも1.2万人程度の入り込み数があることは、どのように分析していますか。
(岩垣 みなみ)
正確な統計は取ることができていないものの、下期に利尻島を訪れる方のほとんどは、バックカントリーを楽しみにきているという印象です。バックカントリーだとニセコが有名かと思いますが、近年利尻も話題になりつつあるようで、国内外から多くの方にご来島いただいています。
ー海外の方もバックカントリーを目当てに来島されるんですね。
(岩垣 みなみ)
わざわざ利尻島に来られるのには、地理的な条件が影響しているようです。利尻山は、単独の山で構成される山岳(独立峰)なので、山から海に向かって直線的に滑るという経験ができるんです。そうした場所が世界的に見てもあまり見つからないこともあって、利尻島が魅力的に映っているようです。
(岩垣 謙太)
あとは、一度来島してしまえば天候に左右されにくいことも、人気の要因かもしれません。利尻島は丸い形をしていてぐるっと一周できるのですが、島の反対側に行くと天気が変わることもしばしばあります。天候に合わせて柔軟に場所を変えて滑ることができるんです。
ーバックカントリー以外に、冬の利尻観光の要素はありますか。
(岩垣 みなみ)
夏季に比べると楽しめるものが少ないのが現状ですが、温泉施設に加えて「湯泳館(ゆうえいかん) 」というプールは通年オープンしています。特にプールは観光で利用されているされている方は少ない印象ですが、温泉水を使ったプールなので効能目当てで入る方もいらっしゃるようです。
個人的に推したいのは、北海道遺産に認定されている「泉の袋澗(いずみのふくろま)」というスポット。かつてニシン漁が栄えた大正時代以前に造られたとされる石積みの防波堤で、冬も雪や海とのコントラストがきれいに映えます。※以下、インタビュー後に訪れた泉の袋澗の様子。
ー最後に、町として今後積極的に発信したいことを教えてください。
(岩垣 みなみ)
やはり、雪山ならではのアクティビティは今後も推していきたいです。バックカントリーはもちろん、スキーが得意でない方はスノーシュー(雪上を歩くための専用靴)を着用したトレッキングを楽しむこともできます。夏場とはまったく違った雪景色を楽しめるので、ぜひ挑戦してみてほしいですね。
(岩垣 謙太)
フェリーや飛行機の欠航率が高いこともあって、冬期のPRには難しい面がありますが、利尻島へのアクセス自体は多くの方が想像するよりずっと良いことは積極的に伝えていきたいです。
札幌にある丘珠(おかだま)空港からは飛行機で約50分。利尻島に「行きたい」と思ってくださったのであれば、ぜひ気軽にお越しいただきたいと思っています。上空から見る利尻島も綺麗なんですよ。
ー今回、私たちはフェリーでしたが、次回は飛行機で来島しようと思います!今回は取材にお応えいただきありがとうございました。
やはり冬がオフシーズンであることは間違いないようですが、バックカントリーや温泉に関連した施設など、冬に楽しめるような観光資源もあるというお話でした。特にバックカントリーに関してはインバウンド需要との相性も良いので、魅力さえ伝わればより人気が高まるようにも見受けられます。もう少し調査を続けてみましょう。
じわじわ広がる、新たな冬の楽しみ方
続いて訪れたのは、鴛泊(おしどまり)港のすぐそばで通年営業されているカフェ「PORTO COFFEE」。ホットドリンクで一息つきながら、ストアマネージャーの白戸 美穂さんにお話をお伺いし、冬の観光についてヒントを集めてみます。
冬を盛り上げるイベントも開催
ー冬の利尻観光について、白戸さんなりに面白いと思うものはありますか。
(白戸さん:以下、敬称略)
2月上旬、スノーシューを履いて凍っている景勝地「オタトマリ沼」の湖面を歩き、足跡でハート型を作ってドローンで写真撮影をする催しが開催されているんです。参加された方には温かいご飯とスイーツがふるまわれるそうで、とても興味深いイベントだと思いました。ここ数年で立ち上がった企画だそうです。
ー凍った湖面を活用したイベント、とても面白いですね。
(白戸)
オフシーズンの観光地を活用するアイデアとして、とても良いと思いますね。あとイベントつながりでいえば、「りしり寒歓(かんかん)まつり」も2月に開催されます。役場前の公園内で、出店やソリ引き体験、雪でつくった滑り台などを楽しめるイベントで、お子さんにも好評みたいです。
ーイベントがあれば寒い冬も楽しく過ごせそうですね。
(白戸)
名の知れた観光スポットが閉鎖されてしまう時期には、地域に根ざしたイベントに目を向けてみるのも面白いかもしれません。私自身も、旅先でイベントに参加するという体験が、旅行全体の満足度を上げてくれると思います。
インバウンドの新動向
ー冬の時期、このカフェに来られるお客さんの中には、どのような方がいらっしゃいますか。
(白戸)
バックカントリーの方が多いです。ただ、海外の方で「雪景色が見たかったから」とレンタカーで島内を回る方もいらっしゃいました。
ー札幌などアクセスの良い場所ではなく、利尻まで雪を見にくるのは驚きですね。
(白戸)
タイから来られたお客様のお話ですが、タイ国内でも東京や大阪、京都、札幌のようなメジャーな都市を訪れたことがある方は多いみたいで。稚内や利尻は「次の目的地」として選択肢に入りつつあるようですね。
ー他の離島でもそのような話は聞きます。離島ブームが来る日も近いかもしれませんね。
オフシーズンにイベントを開催することで、観光資源を創出するという手法は、他の離島でも参考になるポイントかと思います。また、雪を見ることを目的に来島する観光客がいることも分かりました。実は、同じようなケースは多いのかもしれません。
冬にこそ見える「島旅」の本質
最後にご紹介するのは、島の南部・仙法志(せんぽうし)地区で通年開館している利尻町立博物館でのインタビューの模様。学芸員の佐藤 雅彦さんにお話をお伺いしました。
大自然を感じる、冬。
ー冬の観光について、佐藤さんはどのように見ておられるでしょうか。
(佐藤さん:以下、敬称略)
そもそも冬に観光目的で来る人はかなり限られています。観光施設はもちろん、飲食店もほとんど閉まってしまうので、バックカントリーや山岳写真を撮られる方など、自分なりの強い目的がある方のみが来られている印象です。
ー冬場は天気もあまり良くないですよね。
(佐藤)
そうなんです。年始にご来光を見に来られる方もいらっしゃるのですが、毎年ちょうどその時期は特に天候が荒れるので、残念な思いをする可能性は高いですね。利尻島の成人式は1月3日に行われるので、島民も毎年ハラハラしています。
ーそんな中、佐藤さんが冬に来て見るべきだと思うものはありますか。
(佐藤)
かなりレアですが、晴れた時の利尻山はとても綺麗なので、ぜひ見てほしいですね。バックカントリーができなくとも、スノーシューを履いて歩けば大自然を体感できると思います。森や笹で覆われていて夏の時期に立ち入れないような場所も、雪が積もって歩けるようになるんです。
ー雪が降る季節ならではの楽しみですね。
(佐藤)
あとは、観光客が多い夏の時期は山が本当に混雑するので、人がいない時期に来ることで快適にトレッキングを楽しめるというメリットもあるかもしれませんね。なんせ、夏には山頂で登頂待ちが発生することもあるほどなので。
ー登頂待ち…驚きです。
オフシーズンに際立つ「島らしさ」
ーとはいえ、冬期の観光には不便さもあるかと思います。
(佐藤)
そうですね(笑)。ただ、それは島らしさを味わうチャンスとも言い替えられるかもしれません。誰とも会わない日があるかもしれませんし、都市では起こりえないようなアクシデントに見舞われることがあるかもしれません。特に飛行機やフェリーが欠航になった時には判断力が試されますね。そうした非日常な体験は、島旅の醍醐味だと思うんです。そういった意味では、冬は島旅そのものを楽しむのに最適な時期なのかもしれません。
ー島ならではの体験は冬にこそ光る、と。
(佐藤)
私は就職を機に静岡から利尻島へ移住してきたのですが、当時は今以上にフェリーの欠航も多くて、行きたい場所に行けなかったり、帰りたいのに帰れなかったりということが多く起こっていました。
でもよく考えてみると、人生で絶対に行かなくてはならない場所ってそんなにないんですよね。欠航を楽しんで、ホテルでのんびりしてみるのも悪くないですし、スケジュール通りにいかないことを楽しむ心の余裕を持つ機会にもなるかもしれません。
とはいえ、本土と同じような生活を送れるだけのインフラはあるので、ほどほどの安全性を保ちつつ、島ならではの雰囲気を味わうことができるはずです。
ーいま、不便さを楽しめる場所は貴重かもしれませんね。お話ありがとうございました。
他の取材よりも不確定要素が多かった今回の取材でしたが、だからこそ得られたものもあったように思います。不便なことや、何もしないことを楽しむという場として島を訪れる人が一定数いるのも頷けます。
オフシーズンは誰かにとってのオンシーズンになるかも
7〜8月のオンシーズンに対して、冬期はオフシーズンだといえるでしょう。ただ、バックカントリーや温泉、イベントなど、冬にこそ輝く観光資源があるのもまた事実。これは利尻島に限った話ではなく、オフシーズンの魅力を発見するヒントになるのではないでしょうか。特に島旅の良さが不便さによって輝くという観点は、島旅そのものの魅力を捉える上でも非常に興味深い気づきだったように思います。
アクシデントが起きたとしても「島ならでは」と考えられる物好きにとって、オフシーズンは絶好のオンシーズンなのかもしれません。
企画・取材・編集:ハテシマサツキ